毒親はスイッチが入ったら止められない

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おかしな話でも、すべて自分が悪い、親が正しいって思っちゃうのが毒親育ち

親の話は、何人かの友人には相談したことがある。でも大体は「お母さんは心配なんだよ」「華穂の事考えているんだよ」「親ってそういうもんだよ」って言われるだけで、それでますます自分を責めて悩み続ける。でもどう考えても友人の親と違う結末になるし、親が普通の親とは違うのか?と思ったりも実はしていた。でもその確信が得られない。周りに毒親の人がいなかったから、やっぱり自分が悪いという結論に至る。でもテレビドラマで描かれる親をみて、ウチの親はこんなんじゃないなって思ってた。でもわからない、ってその繰り返しだった

怒りのスイッチが入ると、人目をはばからず怒りをぶちまける

(相手によります。娘である私の事は支配下にあるので堂々と怒ります。)高校を卒業した時、ピアスを開けたり、髪を染めたら、母は激怒りしたんですけど、大学の卒業式も似たような話があります。

大学の卒業式は袴。レンタル予約していた着物も綺麗に着れて、最高の卒業式を迎えた私。卒業式の後、謝恩会っていうのがあったのですが、着物から洋服に着替えた時・・・「何その服!」母が激変!当時はアムラー時代、私もそんな時代に乗っかってました。
109とかALTAとか大好きで、スリット入りの長ミニスカや網タイツ、厚底ブーツとかそんな時代。セクシーな服装が好きだった。言い方古いかな?(笑)謝恩会はシースルーっぽいセットアップ。超ミニに網タイツの服を見て、母激怒。元々私の当時の服装が嫌いだった母、
謝恩会なんて場でそんな恰好とんでもないっていう感じ。母は、パステルカラーのワンピースとか、ブラウスとか、タートルネックとか、要はお嬢様スタイルを好む。着物レンタルにいたお姉さんも苦笑い。「まぁまぁお母様、そんなに興奮なさらず!」って必死にフォローしてたけど、
母の耳には何も入らない。「服それしかないの!!」勿論ないです。。。私はそれでいいと思っているし。「このジャケット着なさい!」って強制的に母のジャケットを渡され、
私は荷物が増えた状態で謝恩会に参加。(謝恩会は私だけの参加です)謝恩会の写真を見ると、今も思い出す。母は「そんな恰好で出る人いないわよ!あー信じられない」って、
私が常識はずれの馬鹿女みたいに言ってきたけど、私の行った大学は個性的な人も多くて、母が思っているようなお嬢様スタイルの人はそんなに多くなかった。でも母はそれを見るわけでもないし、見ようともしないので、私が普通に、みんなと同じ事をしているだけなのに、それに気付かない。母は他人の盛った情報を鵜呑みにしていたので、他人の親が、「うちの子は化粧なんかしてないのよ」って聞けば、○○ちゃんは化粧しないって言ってたわよ!とすぐに比較して叱ってくる。でも私は○○ちゃんが化粧してない姿を見たことがない、親の前ではそうなのか、親が嘘をついているのか、とりあえず母は自分に都合のいい情報は受け入れて私をダメ出しする。

自分の好みじゃない、嫌いな事をすると怒る母

悪い事をしていたら怒られるのは理解できるけど、悪い事もしていないのに、母の好みじゃないと言うだけで怒られるのは理解できない。大学生なんてみんな好きなことしているのに、私は好きなことするたびに嫌味を言われたり怒られたりしていた。高校生と違って禁止事項ではないはずのピアス、染毛で怒られる。母の価値観で支配されていたなんて、当時は思えなかった。今は何を言われようが好きな事しようと思うけど、ついこの前まで、40歳まで、「やりたいけどやってもいいのかな?」って思っちゃうの、おかしな話なんだけど私にとっては本当に深刻で、遅かったけど毒親という存在に気付けたことはとても大きいと思う。

 

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