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実家依存だった母

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子供の頃、母はいつも実家に行っていた。
週末は家族で、平日は一人もしくは私を連れて。

私は家にいたかった

自分の好きなものがある部屋で好きなことがしたかった。でもいつも連れていかれた。

 

「おばあちゃんちに行くよ」

行きたくなさそうにすると怒られた。

 

おじいちゃんとおばあちゃんかわいそうでしょ!!

優しさのない子!他の子は喜んで行くのに本当にひどい子!

と、私を貶めるように叱った。私は母に「ひどい子」とか「優しくない子」と言われたり、他の子と比較されるととても悲しくて、言われるのが嫌で本心を隠すようになった。

母に褒められたくて気持ちを偽っても、褒められることはなかった。

あんたのやってることは当たり前だから!

子供はおばあちゃんちに行くのが大好きなのよ!

本心を言わない。つまりはしゃべらない。聞かれてもイエスノーをはっきり言わない。

 

無難な「どっちでもいい」と言うようになった。

子供だった私はどっちでもいいと言えば誰も嫌な思いをしないと思っていた。

そしたら今度ははっきりしないことに怒られた。

母だけじゃなく父にも怒られた。

身内も毒じゃね?

叔父からは

「華穂は口ないの?」

「口くっつちゃうよ」とからかわれた。

反論するとまた怒られるから黙ってた。

思い出すと腹立つなぁ畜生!
過去をたどると思い出し怒りが連発します。

日曜日は家族で実家へ

日曜日はいつも母の実家へ行き、どこかへ行っていた。

日曜日はおばあちゃんちへ行き、夜ご飯まで食べて帰ることが当たり前だと思っていた。

みんなそうだと思っていた。でも日曜日に遊びに誘ってくる毒友がいて、毎週おばあちゃんちに行かないんだなーって思った。その頃はまだウチだけだってことには気づいていなかった。

滅多になかったが、1年に1回くらいは家族だけで出かけたこともあった。そんな時でも、出かけてこれから帰るとき、母が言う。

私、お母さんところに寄って行きたい。

私は、家に帰りたいって思った。どうして行かなきゃいけないの?

父が祖母の家の前まで車を停め、父と母は何か話している。

急に母は車のドアを開けて

行きたくないなら行かなくていいわよ!

ドアを勢いよくバタンと閉めて一人で祖母の家へ行ってしまった。

父は慌てて「行くよ!行くってば!」と言っている。

しかし戻ってこない母に諦め、私に

「華穂はどうするんだ?」と聞いた。

私は「わかんない」と言った。

すると父はめんどくさそうに

「全くはっきりしないんだから華穂は!!!」

そう言って車を家に走らせ帰った。

滅多に怒らない父が苛立っていることが怖かった。

てかさぁ、どうして私が怒られなきゃいけないんだろう?私が悪いんじゃないんですけど!

父にも腹立つわー!

幼少期にこんなに大人に振り回されたら、変になるって。

私はこの頃の事を鮮明に覚えているわけではないけど、当時の恐怖や不安で、自分を守るために身につけた生き方が、今大人になってとても邪魔をしている。

私の学んだ生き方はちっとも役に立たない。むしろ支障だらけ。

はっきりしないこと、しゃべらないこと、無理をすることが、幼い頃に毒親の元で生きるために必要だったけど、これらの生き方は今では厄介者扱いされてしまうくらい不要なものである。

ひどいときには嫌われるし、毒親のことは理解されにくいし、ただただめんどくさい人っていうレッテルを張られるだけで、本当に生きにくい。

 

 

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